「うつ病者は数値目標を目指す社会チームの一員であった歴史と挫折あるいは徒労感の歴史をもっている」





久しぶりに「なるほど」と思った記事。うつ病やそれに近い状態になった数々の周りの人・友人・そうなりそうだった自分を振り返ってみても。


 精神科医の神田橋篠治さんの講演録「うつ病診療のための物語私案」(創元社『現代うつ病の臨床』)を読んで、感心したからだ。

 それによると、うつ病者の資質には「群れようとする志向」があるという。仲間とともに「大きな物語」を共有しようとし、運が良ければ、仲間の中で「自己実現の機会が得られる」。

 ところが、そういう大きな物語がなくなってしまった。今あるのは、数値目標。若い遷延(長く続く)うつ病者は「例外なく、数値目標を目指す社会チームの一員であった歴史と挫折あるいは徒労感の歴史をもっています」。
 そこで、「失われてしまったものに代わるものとしてオタク的なもの」が有効だという。
 「小さな自己実現がちょこっとある。それがいいんです」。

 分かります、とぼくは本を読みながら言ってしまった。達人と言われる精神科医の話を、ぼくの矮小な頭で理解すると、次のようになる。
 今までの日本には、仲間とともにまい進する「大きな物語」があった。NHKのドラマ「龍馬伝」や「坂の上の雲」で語られる国民国家の創成という物語、あるいは戦後の復興という物語。この時代の日本人はがんばりすぎてうつ病になった。

 今は物語を失い、よるべくもなくさまよっている。
 それなら、小さな物語を見つければいい。今の人はみんななにかのオタクだ。ネット、アニメ、ゲーム。ワインにいば打ち。そういう小さな物語が、精神の健康にいいことをにうすうす気がついているのだ。
 小さな自己実現を果たすことができ、運が良ければ仲間にも巡り合える。


                    2010年5月30日 読売新聞(斎藤雄介)



この間NHKで「『熱くならない』現代の若者」みたいなテーマで、バブル期から社会人やってた40代以上の方々と、大学生含む20代後半までの「若者」が討論していたんだけど。


バブル期を経験したりそれ以降の就職難に苦しんだ30代前半の人々は、「苦労しなければ何も手に入らない」「仕事で成功することこそが立派な人」みたいな固定観念が強い。
そして(私もその年代に入っているんだけど)彼らは「とても力を抜いて仕事をしているような」若者を「だから最近の若い奴は…」と言う。

でも、そういう若者こそ自分を守る手段を持っていて、うつ病を回避できるんじゃなかろうか。(でも、しごかれた経験がなくいきなりそれされると「打たれ弱くて」うつ病になっちゃうかもしれないけれど…だからどっちもどっちなのかな)。


いずれにせようつ病者は『例外なく、数値目標を目指す社会チームの一員であった歴史と挫折あるいは徒労感の歴史をもっています』。」っていうのは、私のような業界で働いていた女子には本当に多かったし、その通りだ。


「頑張る」だけの舞台(業界・会社・立場)は与えられており、全ては数値ではかられる。企業人としては当たり前のことなんだけど、その中でどこか力を抜いたりバランスを取れないと、風船が爆発してしまう。その原因は人間関係だったり、上司の望むとおりの結果が出せない自分、ついでに恋愛までうまくいっていない自分だったりする。


それら、もしくはそれを処理しきれずうつ病などになったことが「挫折」であり「徒労感」だ。
うーん、ほんっとうまいこと分析した精神科医だなぁと思った。