分かっていること





今日はI社にお断りの連絡をしなければならなかった。

踏ん切りのつかない私は波動で選択ができるとゆー方法を知り、実行してみましたよ。白い紙を4つに切って(余った紙は捨てる)選択肢を書きそれぞれに手をかざしてみる、ポカポカしたものがそのときの自分の波動に一番合っているもの、という、これこれ笑ってはいけませんよ、なんだけどあまりおおっぴらには言えないもので。
信用してなかったけどやっぱりね、どちらに手をかざしてもポカポカなんてならないですよ。いくら時間をかけても。どうせなら手をかざしすぎの疲れでビリビリくらいしてもよかろうものを。ここまで何も感じないのは自分だけなんじゃあないかと思いながら朝ひとりの会議室。完全に怖い図、会社で噂になりそうですアーメン。


最終的には、U社の紙のほうが「ポカポカ」したに違いない絶対にそうだわ!そうしよう!と無理やり思い込むという結末でその2枚の紙は丸めて捨てられてしまったのでした。
やっぱり私には神がかったことは無理だ…
まあそのくらい迷いに迷って困っていたということでして。「2つに1つ」でこんなに悩んだのってどれくらいぶりだろう。数年ぶり。



昼間は仕事でやり過ごし、お断りのメールをどのように書こうかと。夕方仕事が終わって課長さんへメールを書いた。想像以上に長い文章に。本当に迷ったこと、そのくらい「そこ」に魅力があったこと、そして申し訳ない気持ちをきちんと伝えたかった。
送信クリックして「終わった…」と思った。



もしかしたら私はダイヤモンドを落として、石ころを拾ったのかもしれない。でも結局は自分の感覚で選んだのだからこれで良し。



そう、「失敗したくない・できない」と思うから迷う。後悔したりなんぞする。失敗…してもいいよね、うん。
しかもそもそも何を失敗とし何を成功とするかなんて、きっと一生分からない。短絡的タームでならいくらでも判断できるけれど。
死ぬ床の上でだってそんなこと分からないのではなかろうか。



転職する、どちらの会社に行くかなんて結局は一つのフックでしかない。そのフックで大きく人生が変わることも有りうるけれど多分、私のコアは変わらない。多少スパイスになるかどうか…というところかもしれない。


どう生きたいのかは分かっていて。いつも分かっていて。
ただそれに届かない、届きたいと思っていた。
でも本当に「届いていない」の?とらえ方の問題じゃなかろうか。

とらえ方と手段を変えてみようと思ったのはいつの頃からかしら。

今「が」いいじゃん、でも「もっと」もあったほうがいいよね。…と、こんな感じ。