チャンダン香と天井の木目の人




【 聞いた話。心に残った話。】

「キマってるときに訳わかんない電話してくるんだよ」
と、絞り出すようにその人は言った。

…え…? 私は彼がなにを言っているのか全然分からなかった。


「キマってる、って?」
「クスリでハイになってるってこと」


私は衝撃で言葉が出なかった。
「クスリ」という、自分とは遠くてダークな世界の爆弾が今横にいる人の口から出たことに。その人が「キメ」てた女の子と付き合っていたことに。
キメる、キマってるって言葉なんてその筋の人たちからすると慣れ親しんだ言葉。でも私は生まれて初めてその言葉を聞いたんだった。



その人は、ふいに以前付き合っていた彼女のことを話し出した。スタイリスト見習いだったこと、5年間付き合ったこと。
(長続きしそうにない人だから意外だった)


どうして別れたのか、という質問に彼はそう答えたのだった。

「クスリ」


どうして彼女はクスリに手を出したのか。あなたもやってたのか。どうしてクスリやるような子と付き合ったのか。そもそも知らなかったのか…。

いっぺんにして色んな疑問が沸いてきた。でもそれより、やっぱり、夜遊びもせずクスリとは無縁の世界にいた私には衝撃のほうが大きかった。これだけ「身近」だということに。

「彼女、なんでクスリやっちゃったの?」

「クラブが好きで。仕事の仲間とよく遊んでたんだよ。そこで教えてもらったみたいだけど」
(キミもやった?)聞けなかった。

「最初は気づかなくて。だんだん言動がおかしくなってきて問い詰めたら。」
(やってないんだ。でも知ったときショックだったよね?)構わず話し続けた。
「辞める約束したけど繰り返し…。何度も辞めさせようとしたけどダメだった。」


「それで別れたの?」
「うん。ボロボロでヤバかったよ。クスリ仲間のこと正当化して俺も引きずり込もうとして。サイテーだよ」


一瞬にして苦々しく悲しい顔に変わった。彼女をそうさせたクスリの恐怖、そんなものにとりつかれた彼女の情けなさ。(どんくらいつらかったんだろ…)胸が、ズキズキ痛かった。


次の言葉で私は泣きそうになった。

「でも、助けてやれなかった。。。最後まで、立ち直るまで一緒にいてやれなかった。」
「しょうがないよ。。。」私は今思えば無責任で軽々しい言葉を口にした。
「いや、だってそもそもクスリ始めたのも俺が寂しい思いをさせたからだと思うし。」

あのさ…そこのところは私にも分かんないや。キミが自責の念が強すぎるのか、もしかしたらキミが彼女にしたひどいことが原因なのか。
ただ、私はキミがとても彼女のことを好きで、今もやっぱり好きなんだってことがよく分かった。

「別れたあとも電話してきたり。必ずキマってっからね。ウチの前で待ってたり。」


…苛立つ?うれしい?やるせない?許せない?どう思う?

それにどう対処したのかまでは言わなかったし、聞かなかった。



チャンダン香が焚かれていた部屋。天井の暗い木目を目でなぞっていた冬。