「ひどい男」




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↑ものすごく、日焼けしてしまった。真っ黒だ。@フェスで。
(今日はOLチックな自分)


金のアネッサを何度も塗りなおしていたのになぁ。
やっぱりあの灼熱の太陽のもとに一日中いたら、全ては防げないんだなぁ〜。




「ひどい男」「ひどい女」、出あったことありますか? そういう思いをしたことってありますか?
(ここでいう「ひどい男」「女」とは、「知り合い」は除き「友達以上」を指します)



私は、あります。はいはい。


思い出して頭の中に入れておくとあまり精神的に良くないので、
ここで少し書いてみましょう。




「ひどい男」−−−なんだかこのフレーズいいなぁ。
でもその内情はイケテいないものです。




なにをもって「ひどい」と言うかは人それぞれだし、レベルも様々

暴力を振るわれた、浮気をされた、ののしられた、思いやりがない、優しさが全く無い…ETC…


私は暴力を振るわれた、浮気をされた、ののしられたことはないのだけど(多分)
「思いやりがない」「優しさが全く無い」ことは幾度か経験しています。(誰でもそうかな)



「思いやり・優しさの無さ」というのは日常の細かい行動としてよく
表れます。




それは例えば
一緒に歩いていてもこちらのことは完全無視でサッサと歩いていってしまうとか、自分の好みで全てを決めてしまうとか、メールのもろもろだったり、電話をするといって電話がこなかったり(真夜中まで待ってたのにね)、相手が相談をもちかけたときに「弱音ばっか吐くなよ」と言われたり(どんどん具体的(笑))、いつも自分の最寄の駅に来させたり、「遊びに来て」というから電車に乗っているのに途中で「気が変わったから来なくていいよ」とメールがきたり、自分の都合のいいときだけ@:P▲>●@@■◎……





とまぁ、
思いやりの無さはふとした言動となって表れるものなのでしょう。


あるひとことに
「え?それってひどくない?」「今のはないでしょ?」と思ったり。




けれど、その人が好きであるがゆえに許してしまうということも多々あります。 
「そのとき」だからこそ、それが「ひどい」と気づかないことが多いのです。








特に私の場合、散々同性の友達に「それは甘すぎるよー」「許しすぎだよー」と
呆れられてまいりました。

「私だったら即効キレてるわ」「すぐ別れるよ」などのお言葉ももらいました。
わははははは







思いやり・優しさが「ない」というのは、

 1)性格的にもともと薄い
 2)愛情がない(薄い)

…という2つに分かれるかなと思います。





1)の場合は、それが言動により早く分かり「合わない」ことも判断できて
良いのかもしれません(人として、私はあまり好きじゃないけど)。



悲しいのは
2)の場合。

相手はそもそも基本的に優しさは持っているのだけど、自分への気持ちが
あまりないので邪険に扱われてしまう場合。


これは、自分の魅力のなさを疑ったりなど一時的な自信喪失につながったりも
します。

悲しいよねーーーーーうん。


でも、「そのとき」は気にならなかったりするんです。

好きであるがゆえに「それも個性」「こういう人だから」と
変なフォローをして自分の胸のうちだけに収めてしまったものです。


関らなくなってからそれらを思い出すと、
「あれ、私よく我慢してたな」とちょっとムっときたりもするのですが(笑)








私は、幸運にも大事にされたという思い出のほうが多いので
「ひどかった人といえば…」
というふうに「あえて」思い出すとすれば、なのですが。

でもその思い出って恋愛においてやっぱり気持ちいい思い出では
ない。

そもそも「その人」自体をいい存在として思い出さないものですね…
「そのとき」は大好きなのに。



けれど、
大事にしてくれた・私も大事にしたと思える関係を築けた相手は
思い出も「ほわ〜〜ん」としているし心が温まる。

「人」としても、今でも感謝できる。

一緒に過ごした時間も充実していたものだったなと思える。





でも、
「ひどい男」であってもそれはベンキョウになったし(そんなえらそうなこと
言えないけど)、全て自分の糧になっていると思う次第です。








ただ・・・・・・・・・
いい大人の男性が、約束を破る・毎回破るっていうのは、どうかと、
ええ、どうかと、思うよ……


これは「知り合い」なのですが。



うーん。

許しすぎか、もしくはタイミングが合わないのか。
不調